2026.08.30 04:28
さらばハイデカー、されどハイデカー
客観的な世界を求めたいと思っても、たとえば色の世界はどうやら見る人の主観で、それこそいろいろのようだ。客観的な色の世界を求めきれない。せいぜい主観的な、人それぞれの世界があるにすぎないようだ。他の動物や昆虫なんかを含めて考えると、似ても似つかない客観的世界が乱立しているようです。で、ハイデカー。存在と時間という本を出して世界を席巻した哲学のビッグネームですね。しかし、なに書いてるかさっぱり分からんと、世間のわれわれ凡人にはすこぶる不評です。そもそもこの本、分かってもらうために書いた本ではなく、よこしまなハイデカー個人の野望、立身出世のために書いた本なので、分からんでいいと思います。一流大学の正教授になって目的を達したあとは、後半部分はほったらかしです。どうでもよくなって、出版していません、未完のまま。でもね、テーマくらいは知っておいてもよいかもしれません。ミソとくそを間違えないように何をテーマにしているかくらいは。彼の言う存在論とは、上に述べたような、客観的世界と世に言われる世界は、実は主観的世界にすぎんよ、って言っているだけなんです。これをもったいぶってソンザイロン、存在論、なんてもてはやす哲学者たちも情けない。
存在って何だ、人それぞれ、動物それぞれ、昆虫それぞれの個人的な主観的な世界が乱立しているが、人間さまだけが知っている人間的な世界観をもって客観的世界っていうのは、はばからんか?、と書いているわけなんです。それだけ。さらばハイデカー、されどハイデカー。
2026.08.24 04:45
まばゆいふるさと
時間は存在するか、なんてことを今でも考えている。なんてバカバカかしいんだろ。もっともだ。物理学のむずかしげな用語も使いたくない。率直に普通の言葉で書きたい。
芸術家はその点ステキだ。わからないことを率直に表現している。それで全力を尽くしている。分かってもらえるかどうかは度返し。私にはその芸術家の力量がなく女々しくむずかしげな言葉を尽くしてジタバタしているわけである。そしてむずかしげな言葉を駆使してどうにかなるものでもなさそうなので、とつとつと話しかけるしかないのである。
で、またわけのわからぬたわごとを。哲学や物理を通して、また人文(法律や社会学など)をとおして、ずばり真実とか、客観とかを芸術家のように表現してみたい。
でね、動物行動学の本なんか読んでるとね、人間とは違う、色、色彩があるようなんだ。たとえばカラス、あの黒々としたカラス。カラスはどうやら自分たちカラスを黒ぐろとしたかたまりとは見ていないようなんだ。たとえばシマウマのように見えているようなんだ。物理器具(周波数を変調する)なんかを駆使して、そんなふうに学者(動物行動学者)は観察している。でね、カラスはそのシマウマ的な縞模様を見て、人それぞれ、いやカラスそれぞれを識別しているようなんだ。おはよう、熊さん、おはよう、はっつあん、なんてね。カラスが見ている世界は僕たちが知っている世界とは異なる。どっちが客観的に存在する世界なんかね。わたしが死んだ翌朝に存在する世界はどっちなんだ。客観的に存在する香しい、恋焦がれる、愛おしい、圧倒する眩い色彩に満ちたふるさと、客観的世界はどっちなんだ。