<< 2025年10月
新着記事
最近のコメント
月別
カテゴリ
2025.10.17 04:27

春のそよ風

 ニュースで高齢者の交通事故がよく報道されている。ぼくも目が弱いから気をつけなくちゃ。運転したくない、免許を早く返上したいものだ。
 さて、もう物理のことは切り上げて実務に専念しなくてはならないタイミングなのだけれど、ついついつらつらと頭の中は物理のこと。それも、時間の存在のこと。いやになってしまう。哲学で何十年も人生を足踏みしてるのに、今度は物理か。はいはい、今朝は風速のこと、です。風速10メートル/秒。1秒間に10メートルで風が流れているという状態。と、人は思っている。目が弱いからだね。分子の1つずつを見分けることのできる目の強いターミネーターさんなら、空気分子がそれぞれ一個ずつ500メートル/秒くらいの速さで、てんでばらばらの方向に動いているって見えます。しっかりとね。そいでそのすべての空気分子の運動の方向や速度を平均すると東方向に毎秒10メートルの風速だよ、って、ニュースで言ってくれるんだ。つまり風の強さのニュースのこと、台風なんかの。時間とか、色とか、メロディーとか存在せんからね。風速とおんなじだよ。正確には空気分子運動。それを目が弱いから風速としか分からんのだよ、目の弱い人間には。春のそよ風としか分からない、と同じように時間しか分からない。時間とは春のそよ風レベルの次元の認識なんだ、そのかぎりの存在にすぎないんだ。つまり、客観的に存在しているものは物(ブツ)が動いているだけなんだ。時間なんて関係ないわ、っていう動き方で。ターミネーターさんは目がいいからそう言うよ。
2025.10.12 01:19

ライトコーン

 ほんと、このブログ「時間は存在しない」はもう終わりですね。ずいぶんと「時間は存在しない」は僕の頭の中ではすっきりとしてしまいました。カルロさんは僕たちのイメージしているような宇宙時間はないと言っていますが、宇宙時間そのものが存在しないとは言っていません。むしろ、真の宇宙時間は別に存在する、と言っておられます。どうやら出版業界のコマーシャリズムに踊らされたようです、僕は。そいで、今はすっきりしました。でも、カルロ説にはすっきりしましたが、私の哲学の道は終わりません。またいつかどこかで、お話ししましょう。
 光円錐がブラックホール近辺で傾く、とカルロさんの本で書いてありますが、それ本当です。「https://www.youtube.com/watch?v=FkPUx-PpQ8E&t=55s」でyoutubeに出てるよ。未来光円錐の方ね。

2025.10.11 05:46

たいした理由はない

 おはようさん。はなしはそろそろ終盤です。宇宙時間についても私の頭の中はかなりすっきりしてきた気がします。そろそろ実務に専念しなくては思ってきております。
 さて宇宙時間の存否について、これは私の光円錐の中のデータからは分かりえない。宇宙全体の宇宙時間は、宇宙全体が私の小さな光円錐の中に納まりきれないものだから分かりえない。けれど、私の人間時間、つまり個人時間というか、私時間は存在する。みんな私のクオリアだからです。そして、私は寂しがり屋なので、わたしはあなたにもあなたのクオリアがあると信じている。その信じるの延長で、あなた時間があり、その延長で宇宙時間も信じることとなります。カルロさんは宇宙の現在や、宇宙の今、宇宙時間はないと豪語しておりますが、証明できない、と言っておられるのですね、結局のところ。そうですね、神の存在証明はむなしい、と私も思います。存在が証明できるというのではなく、信じる、というのなら仕方ないという寛容はお持ちのはずです、カルロさんも。分かって言っているのなら、許してくださいます、カルロさんの文面からは、そう察することができます。そこでロマン・ロランさんに再登場していただきます。

愛は信頼の行為である。
神が存在するかしないかはどうでもよい。
(神を)信ずるから信ずるのである。
(人を)愛するから愛するのである。
たいした理由はない。
2025.10.08 02:40

夢の中

 光円錐が分かったのなら、もう部品はそろったようだね。たとえば宇宙を語るのなら、あなたが宇宙を知りえる情報としては、あなたの光円錐の範囲からでしか入手できない。あなたの光円錐の範囲の外からはブツは届かない。宇宙に関する情報も、あなたの光円錐の外の宇宙からは一切届かない。宇宙を語るとき、人はその人の光円錐を超えたところの宇宙も含めて語っているけど、その部分は限界を超えた想像にすぎないんだ。実験もできないし観察もできないことを語っているんだ。いいよ、分かって言っているのなら。
 ひつこいリクトが一番大きな数を言え、とよく言っているが、その質問が、自分で何を質問しているのか分かっていない。そんな感じの問いを大人も平気でしているんだ。宇宙時間があるとかないとか、よく似ている。
 さて、そうは言っても、光円錐の内からの情報を語る権利はあるだろう。光円錐の中からの情報だもの。その情報で自分時間は語りえるのではないか、宇宙全体の宇宙時間は語りえぬものだとしても。その意味でカルロさんも時間というものを語っている。宇宙時間の存在はナンセンスだから否という感じだが、自分時間はしっかり語っているし否定していない。ただ難くせで錯覚、目の弱い人間の錯覚だと言ってはいますが。しかし、錯覚であろうがなんであろうが、夢を見ている人には夢の中のブツは夢の中では存在しているんだ。そんな意味で人にとって時間は存在している。人間時間は存在している。それを前提として、カルロさんのループ量子理論も、眺める必要があるでしょうね。
 しつこいリクトのような君、すこしは心が落ち着きましたか。真実を直視して笑いましょうね。何とかなりますとも。
 
2025.10.07 03:18

光円錐

 光子に質量はないということに、いちおう世の中はおさまっています。光子という物、ブツ、存在物でありながら重さがない。思えば変なものだなあ、ホントかしらと思う。光子以外の他の素粒子には重さ、質量があるともされている。いろいろの実験を経て、ともかくも世の中の物理学の世界では、それが常識となっいます。その重さがゼロであるという特技を生かして光速は万物の最速とされいるのです。
 そこで何かの情報が伝わる速度の最速は光伝達です。お手紙はもちろん、電話であっても、何もかも、光伝達よりも遅い。わたしは今、真夜中で夜空を見ています。きれいなお月さまが出ています。ただし、約1秒前の月ね。昼間には太陽が見えることでしょう、ただしこれも約8分前の太陽。私の今には過去の宇宙しかない。つまり、おなじように、わたしには過去の君しかいないんだ。わたしの今には過去の君しかいない。その差がナノ秒くらいだから無視しているけど、さみしいね。一人ぽっちか、、、。
 そこで光円錐。コウエンスイ、ヒカリエンスイね。君は一人ぽっちの君であり、円錐の頂点で一人ぽっちです。君の今を知るものは、この宇宙で一人もいません。だって、君の今が光子を発してもゼロ秒では君を見る者は一人もいないからです。いかに光子、光速でもゼロ秒ではだれにも到達しない。今の君を見ることができる者はこの宇宙に一人もいません。ね、けっこう寂しいでしょ。光円錐の意味、、。
 何秒か経ったら今の君は他者に伝わるでしょうね、過去の君として。また何秒か経ったら、その過去の君の情報はさらに遠いところに広がるでしょう。とういうことで、とんがり帽子をひっくり返して想像してみてください。これが未来光円錐です。さ、ここで頭がしんどくなるところでしょうが、その未来光円錐をもう一度ひっくり返して、もとの未来光円錐の頂点に、頂点同士をくっつけてください。あとの方のとんがり帽子は過去光円錐だよ。他者が発した光子が、今の君に到達する範囲をあらわしている。今の君の孤独さ加減をあらわしています。これがあのツヅミの正体、あのポンポコポンの鼓(つづみ)の正体です。光円錐。
2025.10.03 04:08

ざけんじゃねえよテメエ

 熱力学の第二法則が時間の証拠。洗練して、かしこまって、エントロピーの増大が時間の証拠。ここで、グジグジ、そうかなって考えていたら、二日目でなぜか心のなかでぶすぶすと怒りがこみあげてくる。エントロピー増大って何だといえば、散らかっていくということ。つまり整理整頓が崩れていく、キレイが崩れていく、っていうこと。整理整頓の逆になっていくこと、キレイの逆になっていくこと、が時間の証拠だというわけ。見目麗しい美少女が年老いた老女になっていく様、老化が時間の証拠ってか?。いい加減にしろよ。まじめに時間を探しているんだ。
 見目麗しいって何だ?、整理整頓って何だ?。それが何であるか、によって、この大宇宙の宇宙時間の存否の証拠になるんか?。ざけんじゃねえよテメエ、と思わず叫んでしまう。大宇宙の夜空の星々をながめて、整理されているか散らかっているか、わかるんか?。モナリザの顔が黄金比になっているってか?。顔の美醜が黄金比によって客観的に決まる。部屋の片づけかたは、ママが片付けたら客観的に完璧な整理整頓で、僕の片づけかたは客観的には、なっていない横着な片付け方。そんな基準で、この客観的な宇宙時間を根拠づけようとしているのか?。整理整頓も美醜も、つまり熱伝導もエントロピー増大も、たわごとだよ、まぼろしだよ、って、カルロさんはダメ出ししてるんだ。私の求めている客観的な真実には及ばない。
2025.10.01 03:34

カルロさんは意地悪だね

 そりゃそうだ、日本語を英語に言い換えても、実態は何も変わらない。コロナを風邪と言い換えても、病原菌にとっては何にも変わらない。時間の矢の正体は熱移動であるが、これをエントロピー増大と言い換えても、時間の矢の実態にとっては何にも変わらない。やはり地球国日本郡播州地方の目の弱い人間さまの錯覚、熱移動を根拠としているはずである。エントロピー増大も錯覚だよ、とカルロさんも時間はないの著作で力説している。ウィキペディアでも、オーストリアの物理学者ヨハン・ロシュミットは、「時間対称的な力学から不可逆過程が導かれるはずがない」と述べ、ボルツマンの証明を批判した、と書かれている。ここで「時間対称的な力学」とは物理法則は時間の矢の向きを証明できないことを意味し、「不可逆過程」は、時間は逆戻りしない、つまり時間の矢という客観的宇宙時間を意味してます。つまり、つまり、熱力学第二法則でもって、時間を証明するなんて手品は通用しないよと言っています。地球国日本郡播州地方の目の弱い人間さまの錯覚だよ、って言っているわけです。
 エントロピーの増大か、、、。確かに散かり様の増大は自然の成り行きだと思うんだけど、僕の机はほっておいたら散かる。宇宙の中の粒ちゃんたちも、散らかってゆくのが自然の成り行きのように思える。トランプカードや花札のように。宇宙の万物も神様が突然、掃除して整理整頓するのか?、ママのように?。そうじゃないなら、散らかるのは自然の成り行き、つまり宇宙時間の証明になるんじゃないだろうか?。

いやならん(キッパリ)。・・・ほんと、カルロさんは意地悪だね。
2025.09.30 04:42

エントロピーの増大

 物理法則は客観的な時間を表現していない。しかし熱力学公式は客観的な時間を表現している。けれど、根拠となる熱のクオリアは目の弱い人間の錯覚でしかない。目のいいターミネーターには通じない。そこで熱という地球国日本郡播州地方の方言を、宇宙世界の標準語でワールドワイドに言いなおしましょう。エントロピーの増大というのはどうでしょう。エントロピーの増大とは、乱雑さの増大という意味で、宇宙の自然の成り行きではだんだん乱雑さ、つまり散かり様が増します。君の部屋は散らかってゆくのが自然の成り行きだよ、という意味です。ある日僕の部屋がきれいに掃除されて整理されている。ママが僕の留守中に僕の部屋を勝手に掃除して整理したというわけです。ま、世の常、自然の成り行きだね。プライバシーの侵害という世の常。ケータイの中味もチェックされているに違いない。しばらくすると、僕の部屋は散らかってゆきます。これこそ自然の成り行きで時間の矢の証明となります。宇宙も散らかってゆく、さらっぴんのトランプカードも、任天堂の花札も、時間の経過でやがて乱雑に整理もされず、順序もばらばらに仕舞いこまれることになります。客観的宇宙も同じで、自然の成り行きでエントロピーが増大する。まぜこぜ、整理整頓が散らかってゆく、これが時間が経過してゆくという根拠、証明だよというわけです。ねえ、ターミネーターんさん、熱という時間の証明を、エントロピーの増大という宇宙世界の標準語で言い換えました。どうでしょう?

ダメ。ダーメ。
2025.09.28 03:34

ギリシャ神話

 熱が熱いところから冷たいところへ流れている様子を体験すると、ああ、時間が流れているんだ、過去から現在へ、現在から未来へと流れてる、時間は存在するんだ、よかった~、と安心できる、という塩梅なのだそうだ。カルロさんや朝永さんやボルツマンさんによれば。
 しか~し、熱というのはターミネーターさんによればある集団内の粒ちゃんたちの一つ一つの動きを観察しきれないから、アバウトに全体として騒々しい集団やなとか、おとなしい集団やなとしか、人間が観察しきれないからの人間の感覚の限界の問題やないの?、と言っておられます。ターミネーターさんには各々の集団の粒ちゃんたちの一粒一粒の動きを完璧に把握できるので、人間のアバウトな感覚にすぎない熱いとか冷たいとかは関係なく、単に粒の一つ一つの動きを完璧に認識できてま~す、そうだ。じゃ、熱というの人間界の方言にすぎないから、とどのつまり、熱が熱いところから冷たいところに流れる、という時間の素となる言質(げんち)は、人間界にだけ通じる方言やね。郷に入れば郷に従え、ということにすぎんのやね。神に通じる、客観的な真実、を求めているわれわれにとって耳の痛い批判である。やっとカルロさんという救世主を見つけたのに。
 デルタサルディとは、ターミネーターに比し、目の弱い人間界の方言、言い伝えでしかなく真実客観にあるのは粒の一つ一つの動き様しかないで。粒の動き一つ一つの動き様はガリレオやニュートンの物理法則、物理公式に従って動いているんや、って言っていたでしょう。それを、地方の伝承でひっくり返したらあかんでしょう。物理法則は時間を証明できない、しかし播州地方の言い伝えで証明できる。それでもって宇宙の客観的真実を証明できた、なんて安心していたらアカンでしょ。
2025.09.27 05:46

デルタサルディ

 おはようさん。今日も早朝から時間を求めます、探しに行きます。あの~、物理学者は宇宙を摩擦のない完全ビリヤード台に見立てて星々、物質、原子、分子、素粒子なんかを、光子も含めて、ビリヤードの玉と見立てて、その動き方を物理公式、物理法則として表現して、これを客観的真実の姿であるとしているようですね、イメージとしては。そして我々は、そのビリヤードの玉たちの動きの様子から時間の存在をを確信している。ところが、動きは動きにすぎず、その動く様子を表現した物理公式や物理法則、つまりガリレオやニュートンの物理公式や物理法則は時間の矢を証明できない、リトマス紙にはなれない。客観的事実を正順再生しようが逆順再生しようが、いずれでも適用できるので、この客観的真実の世界が、過去、現在、未来と時間が流れているのか、未来、現在、過去と流れているのか分からないんだ、その物理公式が適用されている事実をもってしても。つまり、リトマス紙がないんだ。物理公式の通用の有無が、時間の存在のリトマス紙になり得ていない。
 これは困ったということで、ボルツマンさんという物理学者が、熱というものを発見し、熱力学を物理法則、物理公式に書き加えた。ガリレオやニュートンさんたちの物理公式に熱力学という物理公式を書き加えたんだ。その熱力学の第二法則として”熱は熱いところから冷たいところへ流れる、この宇宙に逆はありえない”、あのデルタサルディの公式があるんだ。この公式は時間の矢を指し示している。はじめて物理公式が時間の流れのリトマス紙の役目を果たすことになる。デルタサルディが確認できれば、時間の矢を確認できる、時間の存在を確認できる、と。
 ほんまか?
Copyright © 夕なぎ法務事務所