2026.03.01 05:25
小1の方は相手にはしてくれない
なになに不等式、かわいらしいね。通り過ぎます。よく考えればかわいらしい。残るハードプロビレムの形も、リクトの「何が一番大きい数字や、言うてみ」という言い掛かりによく似ている。ここに隠居のイスがとどまりそうだ。70過ぎのおじいちゃんが小1と対決だ。それもけっこう真剣だ。小1の方は相手にはしてくれないだろう。
2026.02.28 05:57
不思議な揺れるまなざし
不思議なくらい現実は私のイメージと違うようだ。量子論がかってに奇妙なことを言っているだけなんだろうか。と、そんなふうにいぶかりたいのだけれど、彼ら物理学者のやっていることはホラ吹きじゃなくて単に実験だ。検証可能で、やろうと思えば私にも参加できる。量子論という発案は間違っているかもしれないが、それらの実験は現実であり、本当である。まともに考えたら、信じられない結論になる。それをひっくるめて量子論と言っているにすぎない。目を背けて、安全コース、つまり世にいう常識人として、天気や、野球や、グルメや、お金の心配に始終しておきましょうか。土日をチャンスとみてまた物理やってる。しかも夜中を通り越して朝になってるじゃないか。ベルの不等式とチレルソン不等式、しばらくこんな生活が続きそうです。そして現実にめまいが続きそうです。
2026.02.18 07:24
行きつ戻りつ
ペンローズという物理学者がおりまして神がかりに難しいことをおっしゃるので敬遠していましたが、避けて通れない。その道をとぼとぼと歩いておりますが、ゲーデルの不完全性定理が話の筋のテコになっていると気づき、数学の復習に逆戻りすることになります。ゲーデルの不完全性定理をまずは復習しなければならない。一般的教養のレベルじゃなく、自分の腑に落とさなければならない。老後の隠居の楽しみにとっておいたが「いつやるの?、今でしょ」の時が来た。
ゲーデルの不完全性定理とは何か?。ミユさんが聞いていると思うのでその核心を前置きします。あなたの信奉している人間機械論が?だと数学的に(足し算引き算で)証明しています。決してあなたを論駁するために勉強するわけではないんですよ。ただ知りたいんだ、真実を。当分、老後の隠居はお預けだね。いつものことながら各学問の終着点は一致している。物理学者のペンローズも数学者のゲーデルも同じ地点を目指している。実は東洋哲学なんかも同じ方向性のようです。色即是空、なんてところね。
2026.02.07 02:58
時間はない、ということ
ツキさんと昨日、仕事の関係で小1時間ほど話し合うことができました。ま、彼女とはカルロの時間はないをテーマに話し合うことがもっぱらです。昨日は彼女もカルロの言わんとしていることを腑に落ちる形で理解したみたいです。時間はない、上等っていう感じでした。真実を知ったって、何にも怖くないし、不都合もないんだということを理解してくれたみたいだ。時間はない、って言ったら、今、話し合っているこの時間もないんか、って、ツッコミたくなる気持ちは分かるのですが、そうです、ないんです、としか言いようがありません。真実とはおそろしいことです。ほんまかいなと思う人は、ちょっとツキさんとお話すればよい。彼女は優しいから、あなたも腑に落ちるかもしれませんよ。
2026.01.31 06:42
真実を知りたくない
カルロの「時間はない」は、まだまだ僕を引っ張っている。やっぱないんか~という思いがじわじわと心を締め付ける。つくづく知識の終着点を見る思いに締め付けられる。人文、物理、数学、哲学をまじめに人生をかけて勉強してきたのに、その終着点がここだとは、、。真実を知った味は?、感想は?、と自分に問いかける勇気も出ない。真実を知りたくないという人々の直感もまんざら捨てたものではないね。
2026.01.25 06:01
ダボス会議
昨日のダボス会議のカナダ首相の演説、目が醒める思いでした。国民の教育水準が高いんですね、そんな感じがします。知性は、知性だから尊いという考えではなく、生き抜く力だから重要なのだという意味で、ひさしぶりに哲学に触れたような気がします。なになにファーストなんて言ってちゃ良くない。生き抜けない、そんな思いがします。
2025.12.22 07:53
とても幸運です
ナオミ姉さんから一冊の本を手渡されて二日で2読してしまった。2回目の精読をしたわけです。いつものことだけどお仕事さぼってしまいました。超多忙な法務事務所なのに。ナオミ姉さんが哲学科に進んでくれて、僕にとっては幸運でした。ぼくの悩みを涼しい顔をして察知してくれていたようです。感想としてはカルロさんの物理学の次元を超えています。相当賢い人です、小林さんは。死ぬまでに読む機会にめぐりあえてシアワセです。「ヒトの脳にはクセがある(小林朋道)」、ありがとうございました。
2025.11.08 05:46
ようななにか
さて、予想はしてたけど、やっぱりか、っていう感じです。わたしは若い頃から勉強好きでした。学校の先生の授業が薄っぺらく感じられてまじめに授業は受けていませんでした。特に数学や物理は面白くなく、自分で独学しておりました。今から思えば集合論や無限論、相対性理論の芽吹きを感じています。もったいないなと思います。それこそタイムマシンに乗って昔の自分に話しかけてやりたいと思います。そのころ、どの分野も分からないことだらけで、それなりの学校の先生でしたので、質問をしたことがあります。あるとき物理の先生に、今から思えば相対性理論の芽吹きに関しての質問をしたことがありまして、そのとき先生は分厚い広辞苑並みの物理の本を渡してくれました。なんだ、自分でしろっていうことか、と思いました。質問の答えが分からないなら、なんでわからないのかくらいのヒントは教えてもらいたかった。他の科目の先生もみんな同じで、分厚い本を渡してくれるのみでした。やっぱ自分でするしかないんだよね。いま、歳いって自分が質問を受ける立場になったが、若い人から質問を受けたときには、それが高度な質問であったら、人間がその質問に答えられないわけを、そのわけくらいは話して差し上げることにしています。ま、そんな質問を待ち構えているのですが、若い人はそれなりに賢いんでしょうね、皮肉ではなくて直観的に分かっているのでしょう。ダサイとかジジクサイとか、言葉はぶっきらぼうですが、それなりに的をついた正解に思えます。
さてさて、時間論については、私はカルロの「時間はない」は正解だと思います。ごじゃごじゃ難しいことを言ってごまかしているだけだと一般には思われるでしょうが、はっきり言って普通の物理学者にはもはや常識のレベルになっているようです。そんなバカなと普通の人々には思われて白い目で見られるでしょうが、物理学者にとってはイロハのイくらいになっているようです。じゃ、時間の本性、本体は何かズバリ言ってみ、と問うと、なにか、と答えます、彼らは。なにか、って何でしょうね、ある人は超弦理論、ループ量子論、ブレイン宇宙論、って答えています。でも、よくよくそれらの答えを聞いてみると、結局は、弦のようななにか、ループ量子のようなにか、ブレイン宇宙のようななにか、つまり「なにか」なんです。そのなにかを普通の人々は「じかん」と呼んでいるわけです。その差は「なにか」と「じかん」の差ですね、同ものを指さしているようです。
さてさて、わたしはこの時間論争から離れて例のハードプロビレム、物が心を作る仕組みに移っています。時間論争がいい跳躍台になっています。いい練習になっています。
2025.10.27 08:08
いいわけ大魔王
統合情報論に涙したんだけれど、本当なんだ、泣けてきた。脳科学の本を読みながら泣けてきたんだ。どんな感じかというと、一言でいうなら青春だね。誰しも若いころさまようだろ、それです。自分探し、ってするだろ、だれでも若い頃の一時期は。それです。知らなんだ、じぶんのこと、おんとし70才になるまで知らなんだ。あんだけ自分探ししたのに知らなんだ。
ピアノを弾くとき考えんと弾くやろ、とか、テニスをするときも考えてプレーできんやろ。考えとったら相手のボールを打ち返えせんで、ほいで負ける。朝出勤するとき、右足を前に、次に左足を出して、って考えて歩いたら、会社には到着しませんね。そうです、無意識にピアノを弾き、無意識にギターを弾き、無意識にテニスをしてる。無意識に歩いている。いや、ぼんやり無意識にプレーしてるんや、とか、無意識に出勤の徒歩をしてるけどぼんやりとは意識してる、とか言うかもしれないね。しかーし、脳科学ではピアノを弾くときの脳の部分、テニスをするときの脳の部分、歩くときの脳の部分、自分が自分であるという自意識の脳の部分、それぞれ別の部分であることがつきとめられている。そこで、脳ミソが事故なんかで一部だけ傷つくと、ピアノだけが弾けなくなったり、ギターだけが弾けなくなったり、テニスだけができなくなったり、歩くことだけができなくなったり、文字の意味だけが分からなくなったり、しゃべることだけができなくなったり、する。おそろしいことに、自意識を感じる脳の部分もあり、ここを傷つけると自意識だけがなくなる。アイデンテティーだけがなくなるわけです。ロボトミー手術って知ってるよね、あのノーベル賞をもらった手術方法です。
ほいでね、たとえば手を動かすとしましょうか、まず手を動かしてるんです。これが一番早く脳で処理されている。10ナノ秒くらいで脳が勝手に手を動かしています。その次に、実際の手の動きを見ます。遅れること10ナノ秒。最後に自意識の脳の部分が活動します。最後の自意識はかみしめる脳活動なので、大掛かりです。その脳活動には100ナノ秒くらいかかります。要は、自意識は一番最後ののんびりとした脳活動であることが重要です。自分で決めて自分が実行した、というのは幻想で、まず①自分というしろものは勝手に行動をしてしまう。②それを後で知って意味を考える。③自分の自由意思でそうしたんやと確信する。つまーり、自由って、自分の自由意思って、後付けなんやで。1秒の100分の1くらいの脳内リレーやから、因果関係が逆転していても気づかない。これが人間の確信の、いいわけ大魔王のありのままの姿やで。
意識をめぐる冒険(クリストフ・コッホ)、僕にとっては土日の2徹夜で読める分量でした。
2025.10.26 07:38
汎心論
ミユさんが、時間はない、という本を紹介してくれて、僕は哲学を脱線して物理学を再勉強することができた。相対性理論や量子論の再確認ができた。ある程度満腹したら、今度は哲学に逆戻りで、脳ミソという物がなんで心を作ることができるのかという、科学界でいうところの、いわゆる、ハードプロブレム(最高難度の超難問)に復帰しています。脳科学界でブームのトノーニの統合情報理論を読んで涙した。上デキだと思います。しかし、解決とはいえない。スタートとしては上デキです。涙したのは上デキのスタートという意味です。汎心論が吟味されていないので、あと100年はかかるでしょうという印象です。しかし世界は広い、統合情報理論ついて、この汎心論を問題にしている脳科学者がいます。アメリカのクリストフ・コッホさんです。著書をあわてて読み進めると、まったくもって同じ疑問を抱いています。そればかりか、映画の趣味も同じ。ブレードランナーのあのセリフ「お前は何にも分かっちゃいない」に感動したとあります。汎心論についての結論も同じで、一方的に意気投合しています。あと100年はかかる、も、一緒。
要は、汎心論です。人間に心があるように、サルや犬やイルカにも心がある。モグラやクモやミミズにも。そしてアメーバやウィルスやバイ菌にも。そして山や風や石ころにも。そして分子や原子や素粒子にも。みんな心を持ち合わせている。ほいで、それが単に信仰や信念にすぎないのなら、僕はいままで何年も苦労して勉強をしてきたのだろうとため息が出る。違うんだよねそれが。統合情報理論はまじめな科学として成り立っているし、これから脚光を浴びるだろう。その理論が成り立つためには、汎心論でなければならないんだ。つまり、心が脳ミソから生まれるための統合情報理論は、裏で汎心論を説いているのと同じだよ。科学として汎心論の証明をしているのと同じです。